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2020.03.22 Sunday

ご挨拶

一年ぶりに息子と出漁できた。

 

この春から他所へ行くので、よく遊んでもらった川にご挨拶。

 

 

まずは馴染みの蕎麦屋さんで、腹ごしらえ。

 

気温が上がる午後の釣り。

 

 

ルアーにはたまに反応があった。

 

 

一年ぶりの魚ににんまり。

 

今度は、日当たりのいい渕尻に魚の姿を探す。

 

 

やはり、いつもの場所にいた。

 

そしていつもしくじるポイントだ。

 

案の定、失敗。

 

カメラの設定が悪くうまく写ってもいない。

 

でも、釣るのも楽しいが撮るのもしかり。

 

今日の唯一の収穫だ。

 

 

別の場所を偵察したが、埋まっていた。

 

そこには熊棚があったので、カメラに収めた。

 

昨年出会った辺りだ。

 

 

今年も会えるかな?

 

帰りはお決まりの加子母のけいちゃんだ。

 

子供のリクエスト。

 

 

ちょっと寂しくなるが、仕方のないこと。

 

夏休みにはまた行けるだろう。

 

 

2020.03.20 Friday

江戸初期

たまたま見つけた地元の材料で遊んでいる。

 

そんな中でできたのがこの茶碗。

 

 

子供の頃からの遊び場だった川底の土。

 

松灰に長石で調合しただけの釉。

 

仕事で使う錆を塗って会社の窯で焼いた。

 

まるで江戸初期の美濃の天目茶碗のようだ。

 

いろいろ閃いているので今後が楽しみだ。

 

 

これは二匹目のドジョウ。

 

鬼板で試験したけど、鉄分が少なく茶色くならなかった。

 

でも許せる。

 

 

釉の垂れ具合もいい。

 

 

これは友人の窯で焼いてもらった志野。

 

 

上品な緋色が出て気に入っている。

 

残念ながら駄知では桃山陶は焼いていない。

 

当時この土で志野焼いていたらと思う。

 

焼き物の歴史が変わっていたかも?

 

手前味噌のはなしでした。(汗)

2020.03.09 Monday

川谷城探索

駄知から曽木に向かう肥田川沿いの渓谷を「ひやり谷」または「川谷」と呼ぶ。

 

町界付近にあるのが、「城ヶ根城跡」

 

それより少し上流の右岸側の尾根にあるのが、「川谷城跡」のようだ。

 

 

この川筋は私の遊び場。

 

子供時代からの思い出のいっぱい詰まった場所だ。

 

 

だが、対岸の山上にそんな砦の跡があろうとは。

 

まったく「灯台下暗し」であった。

 

土曜日の午後から探検に行ってみた。

 

 

とりあえず、コンクリートの切れ間から山に取り付いた。

 

 

ヒノキの植林がしてあり下草は少ない。

 

それにしても急斜面だ。

 

すぐにすごい岩壁が出現した。

 

 

ルート探しながら命がけの城巡りととなった。

 

マイタケ採りに使うスパイク付きの長靴が重宝した。

 

革の手袋もマストアイテムだ。

 

 

苦労してたどり着いた痩せた尾根。

 

転落したら一溜りもない。

 

 

この案内図を頼りに現地調査。

 

 

確かに獣道より幅のある道らしき跡がある。

 

 

曲輪の跡か?少し平たい場所も確認できた。

 

明らかに人の手が加わった跡がこれ。

 

 

堀切の名残だ。

 

 

この辺りから下の道が見下ろせる。

 

対岸の山も見渡せる。

 

 

おそらく上流側からの敵の侵入に備えたものだろう。

 

時代はわからないが、戦国時代であれば妻木氏の支配下。

 

もしくは、小里氏が築いたのだろうか?

 

この尾根伝いには小里へ簡単に抜けられるからだ。

 

武田の侵攻に備えたのか?田丸勢と戦った関ヶ原の時代なのか?

 

そんな歴史に思いを馳せてみた。

 

最後に、こここそ難攻不落の砦と言える。

 

大変危険なので、一般人は行くべきではない。

 

下から眺めるだけにしてほしい。

 

 

2020.03.03 Tuesday

ぽかぽか

渓流釣り解禁。

 

解禁日はいつも敬遠してたけど、ぽかぽか陽気に誘われてしまった。

 

 

ぼちぼちマーチブラウンのハッチがあるのでは?

 

本流筋のプールを覗くが、虫たちは騙されていなかった。

 

 

しばらく観察したが、ライズなし。

 

 

石の上に鳥の糞がない。

 

ということは、まだカゲロウのハッチがない証拠。

 

あきらめて、新しいカメラの試し撮りだ。

 

 

チョウチョが飛ぶような暖かい日だった。

 

 

なかなか接近できなかったが、こんな感じ。

 

帰りに小川を見に行ったけど、ここもやはり時期尚早。

 

 

記念撮影をして退散した。

 

虫たちは水温より日照時間でハッチの時期を知るのだろう。

 

そんなことを推測してみた。

 

あと二週間我慢だね。

2020.02.13 Thursday

大桑城

土岐の住民として土岐氏のことが気になる。

 

山県市にある大桑城は土岐氏ゆかりの城だ。

 

そんな興味から休日に訪ねてみた。

 

 

中腹までは車で行けるので、ありがたかった。

 

麓から登るコースもあるようだ。

 

 

登り口にはこんな看板も。

 

 

実際に登ると、クマより滑落のほうがずっと危険なコースだった。

 

遊歩道ではなく登山道である。

 

さほどきつい坂ではないが、それなりに準備されたほうがいい。

 

山頂に近づくと

 

 

そんなに大きくない天守の跡。

 

 

足利氏の時代には、権勢を極めた土岐氏だが。

 

東美濃から岐阜に移りここは終焉の地である。

 

そのせいか?控えめな天守が造ってあった。

 

それでも眺めは素晴らしい。

 

 

岐阜城ももちろん見える。

 

 

岐阜城に信長がいた時代にはもうここは役目を終えていたようだ。

 

今後「麒麟がくる」に登場するかもしれない。

 

予習になったかな。

 

 

2020.02.11 Tuesday

なんの遺構だろう?

駄知から細野へ抜ける旧道がある。

 

天狗沢と呼ばれる山の中の寂しい場所だ。

 

沢沿いに南へ向かう。

 

昔は、左へ行くと曽木細野方面、右へ行くと妻木の大平へ抜けていた山道だ。

 

ちょうどこの分岐付近から東側の尾根筋に面白いものを発見。

 

 

以前にも紹介した石組みだ。

 

 

道からこんな急な斜面を登ることになる。

 

頂上手前で石組みに出会うことになる。

 

 

 

こんな大木が隙間から生えているので百年ぐらい前かそれ以上であるはずだ。

 

付近には多くはないが、花崗岩が転がっている。

 

それを利用したであろうことは理解できる。

 

最初に考えたのは、やはり砦では?ということ。

 

ここは駄知から肥田まで見通せる。

 

 

西へ目をやると妻木の城山が望める場所だからだ。

 

 

この場所が戦に巻き込まれたのは、岩村城と明智城が武田方に落ちた時。

 

あるいは、関ヶ原の前哨戦で妻木氏と岩村の田丸氏の戦いだと考えている。

 

前者であれば、ここは小里城の脇を監視する役目なら説明がつく。

 

後者にしても東からくる敵に備えたとすれば合理的だ。

 

そうなれば、時代を突き止める証拠が欲しかった。

 

そこで矢穴の調査が役立たないかと思ったわけだ。

 

 

小里城のものと明らかに違う大きさだった。

 

自分の仮設は照明できなかった。

 

では、これは何?

 

石切り場の遺構?木を伐りだすためのもの?

 

はたまた陶器の原料の採掘跡?

 

そんなことを考えながら遺構沿いの道らしき道を下ってみた。

 

 

周りに花崗岩がない場所では付近の石が利用してあった。

 

 

何かを運び出した痕のようだ。

 

これをたどって降りると平地に出た。

 

 

今は草が生えて荒れているが家が建つぐらいの広さがある。

 

人がいた痕跡ではあるが時代や役目はわからずじまい。

 

謎のまま、調査終了。

 

 

2020.01.30 Thursday

小里城の矢穴

小里城散策。

 

 

城山の頂上を目指す。

 

 

この急峻な頂から周りを見渡せる。

 

今回の目的は矢穴の調査。

 

ここの天守閣は山頂付近の岩を利用して石垣が組んである。

 

建設にあたった時代がはっきりした城だ。

 

 

岩村城が武田方に落ちてからの東美濃の防衛のために建造されたのだ。

 

その当時の石工の仕事であることは明白である。

 

 

天守の付近に放置された石たち。

 

これには多くの矢穴を見つけることができる。

 

 

資料としてサイズを測った。

 

 

結構大きい。

 

 

私の興味のある時代の指標になるのではと考えられる。

 

 

天守部分の石垣の矢穴。

 

これらの矢穴と同様のものがあれば時代がわかるのではないか。

 

そのための調査だった。

 

比べてみたい石積みがあるので、次回のブログで。

 

 

2020.01.03 Friday

謹賀新年2020

お正月。

 

正蓮寺さんを訪ねた。

 

 

まずは初釜に同席させていただいた。

 

 

持参した森向戸のお茶碗で、いろいろ物語。

 

そのあと、岩利城跡を案内してもらった。

 

 

目指すは鉄塔の建つ尖ったピーク。

 

ご住職とその息子さんに総代のMさんもお付き合いしてくださった。

 

 

安楽寺さんの裏の小太膳さんの屋敷跡と伝わる場所。

 

ここを通り過ぎ、尾根伝いに行けるとのこと。

 

途中、稲荷様が祀ってあった。

 

 

驚いたのは、いまだに燈明皿が現役であったこと。

 

 

歴史を感じながら、さらに進む。

 

 

やがて目指す鉄塔へ。

 

ここでお弁当を食べながらの歴史談義。

 

 

この場所から岐阜城が望めた。

 

反対側には大桑城がある。

 

城というより砦跡だろう。

 

のろしを上げれば、岐阜城からも大桑城からも見える位置だ。

 

小太膳さんも眺めたであろう景色を焼き付けて下山した。

 

有意義な一日だった。

 

2019.11.25 Monday

初冬の土岐川ウォッチング

小春日和の午後、昭和橋を覗いた。

 

 

さすがにアユは下ってしまったようだった。

 

しかし、コイ科の魚は夥しいという表現がふさわしい。

 

 

すさまじい数のシラハエたち。

 

 

アユかと期待した魚はニゴイだった。

 

 

橋の上流の右岸側の岸近く。

 

小石が浮かぶ辺りまで魚で埋め尽くされていた。

 

 

もちろん、こいつらもいる。

 

 

豊かな川になったもんだ。

2019.11.25 Monday

現役続行中

中津川で宴会があった。

 

老舗の料理旅館。

 

古き良き時代からのロングセラー「こぶしの花」シリーズの皿に出会った。

 

 

これのみならず、次々と弊社の器が出てきた。

 

 

これは40年以上前の柄だ。

 

 

代表作の「まごころ」の珍味入れ。

 

 

最後の飯碗までうちの製品だった。

 

 

業務用和食器を作り続けているメーカーとして誇らしい気持ちになれる。

 

大事に使っていただき今だに現役で活躍中。

 

お店が長く続いていればこそ、器は働けるのだ。

 

感謝。

 

 

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