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2020.02.13 Thursday

大桑城

土岐の住民として土岐氏のことが気になる。

 

山県市にある大桑城は土岐氏ゆかりの城だ。

 

そんな興味から休日に訪ねてみた。

 

 

中腹までは車で行けるので、ありがたかった。

 

麓から登るコースもあるようだ。

 

 

登り口にはこんな看板も。

 

 

実際に登ると、クマより滑落のほうがずっと危険なコースだった。

 

遊歩道ではなく登山道である。

 

さほどきつい坂ではないが、それなりに準備されたほうがいい。

 

山頂に近づくと

 

 

そんなに大きくない天守の跡。

 

 

足利氏の時代には、権勢を極めた土岐氏だが。

 

東美濃から岐阜に移りここは終焉の地である。

 

そのせいか?控えめな天守が造ってあった。

 

それでも眺めは素晴らしい。

 

 

岐阜城ももちろん見える。

 

 

岐阜城に信長がいた時代にはもうここは役目を終えていたようだ。

 

今後「麒麟がくる」に登場するかもしれない。

 

予習になったかな。

 

 

2020.02.11 Tuesday

なんの遺構だろう?

駄知から細野へ抜ける旧道がある。

 

天狗沢と呼ばれる山の中の寂しい場所だ。

 

沢沿いに南へ向かう。

 

昔は、左へ行くと曽木細野方面、右へ行くと妻木の大平へ抜けていた山道だ。

 

ちょうどこの分岐付近から東側の尾根筋に面白いものを発見。

 

 

以前にも紹介した石組みだ。

 

 

道からこんな急な斜面を登ることになる。

 

頂上手前で石組みに出会うことになる。

 

 

 

こんな大木が隙間から生えているので百年ぐらい前かそれ以上であるはずだ。

 

付近には多くはないが、花崗岩が転がっている。

 

それを利用したであろうことは理解できる。

 

最初に考えたのは、やはり砦では?ということ。

 

ここは駄知から肥田まで見通せる。

 

 

西へ目をやると妻木の城山が望める場所だからだ。

 

 

この場所が戦に巻き込まれたのは、岩村城と明智城が武田方に落ちた時。

 

あるいは、関ヶ原の前哨戦で妻木氏と岩村の田丸氏の戦いだと考えている。

 

前者であれば、ここは小里城の脇を監視する役目なら説明がつく。

 

後者にしても東からくる敵に備えたとすれば合理的だ。

 

そうなれば、時代を突き止める証拠が欲しかった。

 

そこで矢穴の調査が役立たないかと思ったわけだ。

 

 

小里城のものと明らかに違う大きさだった。

 

自分の仮設は照明できなかった。

 

では、これは何?

 

石切り場の遺構?木を伐りだすためのもの?

 

はたまた陶器の原料の採掘跡?

 

そんなことを考えながら遺構沿いの道らしき道を下ってみた。

 

 

周りに花崗岩がない場所では付近の石が利用してあった。

 

 

何かを運び出した痕のようだ。

 

これをたどって降りると平地に出た。

 

 

今は草が生えて荒れているが家が建つぐらいの広さがある。

 

人がいた痕跡ではあるが時代や役目はわからずじまい。

 

謎のまま、調査終了。

 

 

2020.01.30 Thursday

小里城の矢穴

小里城散策。

 

 

城山の頂上を目指す。

 

 

この急峻な頂から周りを見渡せる。

 

今回の目的は矢穴の調査。

 

ここの天守閣は山頂付近の岩を利用して石垣が組んである。

 

建設にあたった時代がはっきりした城だ。

 

 

岩村城が武田方に落ちてからの東美濃の防衛のために建造されたのだ。

 

その当時の石工の仕事であることは明白である。

 

 

天守の付近に放置された石たち。

 

これには多くの矢穴を見つけることができる。

 

 

資料としてサイズを測った。

 

 

結構大きい。

 

 

私の興味のある時代の指標になるのではと考えられる。

 

 

天守部分の石垣の矢穴。

 

これらの矢穴と同様のものがあれば時代がわかるのではないか。

 

そのための調査だった。

 

比べてみたい石積みがあるので、次回のブログで。

 

 

2020.01.03 Friday

謹賀新年2020

お正月。

 

正蓮寺さんを訪ねた。

 

 

まずは初釜に同席させていただいた。

 

 

持参した森向戸のお茶碗で、いろいろ物語。

 

そのあと、岩利城跡を案内してもらった。

 

 

目指すは鉄塔の建つ尖ったピーク。

 

ご住職とその息子さんに総代のMさんもお付き合いしてくださった。

 

 

安楽寺さんの裏の小太膳さんの屋敷跡と伝わる場所。

 

ここを通り過ぎ、尾根伝いに行けるとのこと。

 

途中、稲荷様が祀ってあった。

 

 

驚いたのは、いまだに燈明皿が現役であったこと。

 

 

歴史を感じながら、さらに進む。

 

 

やがて目指す鉄塔へ。

 

ここでお弁当を食べながらの歴史談義。

 

 

この場所から岐阜城が望めた。

 

反対側には大桑城がある。

 

城というより砦跡だろう。

 

のろしを上げれば、岐阜城からも大桑城からも見える位置だ。

 

小太膳さんも眺めたであろう景色を焼き付けて下山した。

 

有意義な一日だった。

 

2019.11.25 Monday

初冬の土岐川ウォッチング

小春日和の午後、昭和橋を覗いた。

 

 

さすがにアユは下ってしまったようだった。

 

しかし、コイ科の魚は夥しいという表現がふさわしい。

 

 

すさまじい数のシラハエたち。

 

 

アユかと期待した魚はニゴイだった。

 

 

橋の上流の右岸側の岸近く。

 

小石が浮かぶ辺りまで魚で埋め尽くされていた。

 

 

もちろん、こいつらもいる。

 

 

豊かな川になったもんだ。

2019.11.25 Monday

現役続行中

中津川で宴会があった。

 

老舗の料理旅館。

 

古き良き時代からのロングセラー「こぶしの花」シリーズの皿に出会った。

 

 

これのみならず、次々と弊社の器が出てきた。

 

 

これは40年以上前の柄だ。

 

 

代表作の「まごころ」の珍味入れ。

 

 

最後の飯碗までうちの製品だった。

 

 

業務用和食器を作り続けているメーカーとして誇らしい気持ちになれる。

 

大事に使っていただき今だに現役で活躍中。

 

お店が長く続いていればこそ、器は働けるのだ。

 

感謝。

 

 

2019.11.14 Thursday

おまけ

自分の中ではすでにシーズンオフだった。

 

ところが友人が採ったという情報が入った。

 

ということで、気になる場所を覗いてみた。

 

すると

 

 

案の定。

 

早い年と比べれば一月半遅い。

 

おまけのようなマツタケ。

 

 

今年5本目の貴重なキノコ。

 

誰が喜ぶかを考える。

 

まずは自撮りして家族にLINE。

 

子供たちと採って喜んだ思い出がある。

 

しばらく音信不通だった長男から、「ふけたな」の返事。

 

「おまえのせいだ。」

 

と言いたかったが、久々のコミュニケーションはうれしかった。

 

そういえば、妹の誕生日だ。

 

ケーキより喜ぶだろう。

 

連絡すると旅行中だった。

 

渡せなくても話ができたので良し。

 

たった一本のマツタケが家族の絆を繋げてくれた。

 

めでたしめでたし。

 

 

 

2019.10.31 Thursday

逆転

イクチ類が爆発したという情報が飛び交った。

 

 

セラミックパーク美濃の周りでもチチアワタケが一気に出始めた。

 

そういえば、キンモクセイも遅れて咲いた。

 

ということはマツタケも遅れて顔を出すのではないか?

 

そんな微かな希望をもって山を歩いてみた。

 

案の定。

 

 

イクチたちが元気だった。

 

 

状態のいい奴だけを採った。

 

味噌汁一回分にはなるだろう。

 

しかし、この日はマツタケには会えず。

 

 

百草土らしきを見つけたのが、収穫だった。

 

日を改めて、違う山へ。

 

あきらめていたが、ひょっとしてと思った。

 

三度目の正直だった。

 

 

誰も来ない場所なのでこんな状態で出会えた。

 

遠くからもよく見えた。

 

毒キノコだと思う人もいるのでは?

 

それくらいあっさり見つけることができた。

 

 

これで今シーズンも悔いなく終えることができそうだ。

 

 

その日のうちに贅沢なピザになり、仲間が喜んでくれた。

 

また来年。

2019.10.22 Tuesday

戦意喪失

夏場に雨が多かったので、期待していた。

 

だが山はカラカラ。

 

キノコが全く出ていない。

 

松茸は今年はだめかもしれない。

 

自分の数少ないシロを回ったが、まったく気配がない。

 

 

律儀に出ていたのは、オオムラサキアンズタケのみ。

 

ほぼギブアップ。

2019.10.17 Thursday

またまた多治見の土岐川の話

多治見に用事があると覗きたくなる昭和橋。

 

 

何故この橋の手前に魚が集まるのだろう?

 

 

今年は大きな出水がなかったのが幸いしたのか?

 

夥しい数の小魚。

 

 

この塊はほぼシラハエとニゴイ。

 

 

もちろん、アユもまだいる。

 

 

人通りの多い橋のたもとには鵜が来ない。

 

奴らはそれを知っているのかもしれない。

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