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2020.03.09 Monday

川谷城探索

駄知から曽木に向かう肥田川沿いの渓谷を「ひやり谷」または「川谷」と呼ぶ。

 

町界付近にあるのが、「城ヶ根城跡」

 

それより少し上流の右岸側の尾根にあるのが、「川谷城跡」のようだ。

 

 

この川筋は私の遊び場。

 

子供時代からの思い出のいっぱい詰まった場所だ。

 

 

だが、対岸の山上にそんな砦の跡があろうとは。

 

まったく「灯台下暗し」であった。

 

土曜日の午後から探検に行ってみた。

 

 

とりあえず、コンクリートの切れ間から山に取り付いた。

 

 

ヒノキの植林がしてあり下草は少ない。

 

それにしても急斜面だ。

 

すぐにすごい岩壁が出現した。

 

 

ルート探しながら命がけの城巡りととなった。

 

マイタケ採りに使うスパイク付きの長靴が重宝した。

 

革の手袋もマストアイテムだ。

 

 

苦労してたどり着いた痩せた尾根。

 

転落したら一溜りもない。

 

 

この案内図を頼りに現地調査。

 

 

確かに獣道より幅のある道らしき跡がある。

 

 

曲輪の跡か?少し平たい場所も確認できた。

 

明らかに人の手が加わった跡がこれ。

 

 

堀切の名残だ。

 

 

この辺りから下の道が見下ろせる。

 

対岸の山も見渡せる。

 

 

おそらく上流側からの敵の侵入に備えたものだろう。

 

時代はわからないが、戦国時代であれば妻木氏の支配下。

 

もしくは、小里氏が築いたのだろうか?

 

この尾根伝いには小里へ簡単に抜けられるからだ。

 

武田の侵攻に備えたのか?田丸勢と戦った関ヶ原の時代なのか?

 

そんな歴史に思いを馳せてみた。

 

最後に、こここそ難攻不落の砦と言える。

 

大変危険なので、一般人は行くべきではない。

 

下から眺めるだけにしてほしい。

 

 

2020.02.13 Thursday

大桑城

土岐の住民として土岐氏のことが気になる。

 

山県市にある大桑城は土岐氏ゆかりの城だ。

 

そんな興味から休日に訪ねてみた。

 

 

中腹までは車で行けるので、ありがたかった。

 

麓から登るコースもあるようだ。

 

 

登り口にはこんな看板も。

 

 

実際に登ると、クマより滑落のほうがずっと危険なコースだった。

 

遊歩道ではなく登山道である。

 

さほどきつい坂ではないが、それなりに準備されたほうがいい。

 

山頂に近づくと

 

 

そんなに大きくない天守の跡。

 

 

足利氏の時代には、権勢を極めた土岐氏だが。

 

東美濃から岐阜に移りここは終焉の地である。

 

そのせいか?控えめな天守が造ってあった。

 

それでも眺めは素晴らしい。

 

 

岐阜城ももちろん見える。

 

 

岐阜城に信長がいた時代にはもうここは役目を終えていたようだ。

 

今後「麒麟がくる」に登場するかもしれない。

 

予習になったかな。

 

 

2020.01.30 Thursday

小里城の矢穴

小里城散策。

 

 

城山の頂上を目指す。

 

 

この急峻な頂から周りを見渡せる。

 

今回の目的は矢穴の調査。

 

ここの天守閣は山頂付近の岩を利用して石垣が組んである。

 

建設にあたった時代がはっきりした城だ。

 

 

岩村城が武田方に落ちてからの東美濃の防衛のために建造されたのだ。

 

その当時の石工の仕事であることは明白である。

 

 

天守の付近に放置された石たち。

 

これには多くの矢穴を見つけることができる。

 

 

資料としてサイズを測った。

 

 

結構大きい。

 

 

私の興味のある時代の指標になるのではと考えられる。

 

 

天守部分の石垣の矢穴。

 

これらの矢穴と同様のものがあれば時代がわかるのではないか。

 

そのための調査だった。

 

比べてみたい石積みがあるので、次回のブログで。

 

 

2020.01.03 Friday

謹賀新年2020

お正月。

 

正蓮寺さんを訪ねた。

 

 

まずは初釜に同席させていただいた。

 

 

持参した森向戸のお茶碗で、いろいろ物語。

 

そのあと、岩利城跡を案内してもらった。

 

 

目指すは鉄塔の建つ尖ったピーク。

 

ご住職とその息子さんに総代のMさんもお付き合いしてくださった。

 

 

安楽寺さんの裏の小太膳さんの屋敷跡と伝わる場所。

 

ここを通り過ぎ、尾根伝いに行けるとのこと。

 

途中、稲荷様が祀ってあった。

 

 

驚いたのは、いまだに燈明皿が現役であったこと。

 

 

歴史を感じながら、さらに進む。

 

 

やがて目指す鉄塔へ。

 

ここでお弁当を食べながらの歴史談義。

 

 

この場所から岐阜城が望めた。

 

反対側には大桑城がある。

 

城というより砦跡だろう。

 

のろしを上げれば、岐阜城からも大桑城からも見える位置だ。

 

小太膳さんも眺めたであろう景色を焼き付けて下山した。

 

有意義な一日だった。

 

2018.11.12 Monday

晩秋の郡上八幡

踊り納以来の郡上の街。

 

季節は間違いなく移っていた。

 

 

お城は紅葉のイベントで賑っていた。

 

快晴の午後。

 

 

観光客が夏にも負けないぐらい。

 

 

カメラを持っての散歩はなかなか進まない。

 

 

風景を撮っては川を覗く。

 

釣り人の習性。

 

 

コイ科のお魚たち。

 

 

ライズしているのもシラハエだった。

 

 

いがわの小径でもアマゴを探してしまう。

 

夏から比べるとサイズアップしていて婚姻色も出ていた。

 

 

産卵はもう少し先なんだろうか?

 

 

宗祇水の柳だけ青々としていて存在感があった。

 

何度来ても癒される街だね。

 

2015.04.23 Thursday

苗木城址

土曜日に苗木城址に寄ってみた。

いつもは釣りに行く途中にかすめるだけだった。

今回は釣りにあぶれたので下見のつもりだった。

歴史的にもあまり有名ではないし、たいしたことないだろうと思っていた。

ところが行ってみてびっくり。

すばらしい景色の壮大な城だった。



「こんな大きな岩どうやってもってきたのかしら?」

旅のご夫婦が囁いていた。

元々あったものだよと教えてあげながら登る。

すると、素晴らしいパノラマに出会うことができた。



眼下に木曽の清流が流れ、正面には恵那山が対峙している。

建物がないので四方を見渡せる。

岐阜城にも勝る展望だ。

しかも苦労なくいけるのがありがたい。

地元の方達もこの魅力に気づいてないのかな?

もっと宣伝すべき観光資源だと思った。



美濃のマチュピチュぐらいのPRしてもいいんじゃないか。





こんな城を森長可はよく攻略できたもんだと感心してしまった。



白蓮さんの歌碑もある。



天守の土台はここも多角形だ。

歩いていくのであれば先ずは城山大橋から眺めてみるといい。

今回写真を撮り忘れてしまった。



橋の上で停車できないから気をつけていただきたい。

天気のいい日に下呂温泉や木曽方面にお出かけなら、ちょいと寄っていかれるといい。
2015.02.23 Monday

唐津城



唐津城見物楽しみにしていたがあいにくの雨だった。

岐阜城からの眺めも凄いと思っていたがここもまたすばらしい。



パノラマ写真だとこんな感じ。



天気ならさぞかし素晴らしかろう。

寺沢家と縁のある妻木城とは月とスッポンである。





立派な石垣である。



お城の館址に建っている学校で剣道の稽古会があった。

唐津焼も好きなので一石三鳥の旅となった。



大隈重信公と唐津城。

もったいないくらいの環境だった。



なんと校歌まで都の西北ではないか。



お城の階段で鍛えている野球部員たち。

臙脂のウインドブレーカーにエールを送った。

羨ましい学園生活だ。

お城見物が学校見学になっ手しまったけれどいい思い出になった。



 
2015.02.18 Wednesday

高山城址

高山城址はいつも下を通過するだけで行ったことがなかった。

先日、麓の公民館へ行ったので寄ってみた。

車で上がれるのでありがたい。



この城も信長と信玄、本能寺の変、関ヶ原の戦いに翻弄された歴史がある。



瑞浪の鶴ヶ城もそうであるようにここも頁岩の地盤の上に建っていた。

頁岩とはシェールオイルのシェールであるそうな。

加工しやすく地盤としては十分な強度が得られるありがたいものであったろう。

石垣が見られない珍しい城址なのはそのためだろう。



土塁のみが面影を残している。



室町時代には美濃の国の中心だった市内を土岐川が流れる。

奥の山麓では桃山陶が焼かれていた。

美濃を征する者は天下を征すると云われた美濃の中心地であった。


 
2015.02.15 Sunday

妻木城 謎の石組

前から気になっていた妻木城に登ってきた。

下石から妻木川沿いに上流を目指す。

やがて崇禅寺を過ぎた辺りで人家が途切れる。

そこから左岸側の山の上に城はあった。

妻木城士屋敷址付近に車を留めて登る。



ここから頂上まで標高差170メートル。

小里城を登るのとほぼ同じだ。



上から見下ろす妻木と下石の街。

江戸時代、妻木藩は7500石の領主であったが城下町の面影は薄い。

案内には土岐明智氏から妻木氏の城であったという記述がある。



頂上の部分は結構広い。

神社が祀ってあった。

山頂付近には花崗岩の露頭がありそちらのほうが見所となっている。

小里城もそうであるが近くにあった石を利用できるので都合がよかったことだろう。

しかし石垣に見えてどうも人工物ではない気がする石組みが見つかる。



これは人口物に見えるがどうも違うようだ。



これも石垣に見えるが左側の石は大き過ぎてここで組んだとは思えない。

一枚の岩が割れてこうなったと想像してみたのだが。

こうなると歴史探索は二の次でこの不思議な石たちに興味が湧いてしまう。



こんなのや



こんなの。不思議だ。

必要ないところにこんなでっかい構造物は造らないし造れない。

どうせ案内板に明智光秀やその妻熙子のことは一切書かれていない。

ならこの奇岩群で売り出せばいい。

光秀や熙子のことを少し気の毒に思いながら山を下りた。

 
2015.02.01 Sunday

小里城址

小里城址は自宅から車で5分余り。

駐車場があり簡単に登れる。

標高差170メートル。

イワナ釣りを思えば楽勝である。

道が整備されていてありがたい。

前回登った時に天守部分の土台が五角形だった覚えだ。

受験シーズンなので合格祈願で町興しにならないかなどと考えながら登ってみた。



ここは土岐一族の小里氏の城であった。

私の興味は池田恒興がここを築城したことにある。

結局、岩村城が織田方に落ちたためここは役目を失い途中で建築中止となったそうだ。



そのために天守のまわりには資材の石が散乱している。

元々この辺の地盤は花崗岩質なので現場にあった岩を利用したと思われる。



天守の石垣の一部はそこにあったまんま使われている。



矢穴の空いた岩がモアイ像を想像させ見どころになっている。



碑文も読みづらいが苔の具合に趣がある。



こんなことが書いてあるそうだ。

稲津から城山を望むと絶壁に守られていることがわかる。



頂上から稲津の街を眺める。



いかんいかん。

天守の写真を忘れるところであった。



私には五角形に見えるのだが。

ぶらぶら登って往復一時間コースです。

皆さんお散歩にいかが?
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